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「はじめに声がしました。それはなんだか暗い声で、でも重量があり、威厳がある声でした。森に響くその声は、森の生き物全てを平伏させ、全てに声の存在を知らしめました。それから声は森の王となりました」



単調に続く声。
それと同時に紙をめくる、いや、本をめくる音がする。


「王となった声は力に溺れ、自分が一番だと思うようになりました。ですから森の外にも声を荒げ、森の外の王にもなろうとしました」


声は若い。
年齢でいえば五を過ぎたぐらいだろうか。
いや、もう少し下かもしれない。
そのうえ高い。
しかし音だけで言えば、男の子のような気もするし、女の子のような気もする。
声変わりも無い、中性的な声がそれだった。
声は話を続ける。


「でも、森の外には声よりも暗く、重く、威厳のある大声が居ました。そして大声は森の外の王様でした」


ページが変わる。
カサリ、という静かな音と共に物語はその場面を変える。


 「森から聞こえてくる声に大声は言いました。“ここはわしの国。何人にもここをゆずる気は無い”大声は森に響き渡ります」

本は絵本だった。
そこには外界から見た森と、大声が描かれている。
劇画調で。


 「声は言い返しました。“俺はこんなものじゃあ満足できない性分なんだ。だからお前のもよこせ”その声と、言い分はとても傲慢で独りよがりでした」

 「大声は声に問います。“もしわしがわしの国を貴様に譲ったとして、貴様は満足なのか?”声は答えます。“ああ、満足だ”」

 「大声は声に問います。“たとえ、その国がただただ広い、広すぎるほど広いものでもか?”声は答えます。“ああ、満足する”」

 「大声は声に問います。“たとえ、その国がただただ大きく、居ればその大きさに押しつぶされそうでもか?”声は答えます。“あ、ああ、満足する”」

 「大声は声に問います。“それがたとえ、広く、大きく、そのおかげで人っ子一人居ない、ただただ虚無と広大しかない国でもか?”声は、初めて悩みました」



 「イク、なんて本なの、それ?」

 「タイトルはわかんないや、読めない」
 「そんな本、どうやって持ってきたのよ」
 「こないだゼトが持ってきたんだ」
 「ふーん」

 「なんか、絵がかっこいいから読んでみたんだけどね」
 「じは?せんせーにおしえてもらったの?」
 「うん、教えてくれている間、なんか変な顔してたけど」
 「ふーん、なんでだろうね」
 「さあ、なんでだろう」

 「もしかしたら、その絵がいけないんじゃないの?」
 「そんな、とてもかっこいい絵だとおもうよ」
 「そう?私はあんまりそうおもえないけど」
 「いいとおもうんだけどなぁ」

 「じゃあ、本のおおきさかなぁ」
 「そうかなあ、少し大きいくらいじゃない?」
 「でも、私のウサギさんの本よりずっとおおきいよ?」
 「それは、そうだね。うん、おおきいや」
 「じゃあ、おおきすぎるからかな」

 「でも、ぼくは大きいことはいいことだとおもうよ」
 「キイ兄みたいだから?」
 「かっこいいよ」
 「あんなに大きいのにかっこいいなんて、へん」
 「ちいさいと、なにもできないとおもうけど」
 「それは、そうだけどね」
 「おおきかったら、もっと今よりいろんなことができるんだとおもう」
 「いろんなこと?」
 「そうだよ。ここから他のところへいけるかもしれないし」

 「それはいいことね」
 「でしょ?」
 「でも、私は今のままでもいいけどなぁ」
 「ぼくも今はすきだよ」
 「じゃあ何で“今より”、なんてこというのよ」
 「それは、ぼくは“コウキシン”ってやつがつよいんだって」
 「コウキシン?」
 「そう」
 「なにそれ、なにかの色?」
 「色じゃあないとおもう」
 「ふーん。じゃあ“コウキシン”がつよいと今がいやだっておもったりするの?」
 「おもわないけど、もっといいものもいいものじゃない?」
 「もっといいものなんて、今よりいいものなんて」

 「無いかもしれないね」
 「無いよ」
 「うーん、そうなのかなぁ」
 「じゃないと、今っていいものじゃなくなっちゃうよ」
 「そうだね」

 「イクはいいものほしいんだね」
 「マイはほしくないの?」
 「ほしいけど、もうそろってるから」
 「マイのほしいもの?」
 「うん」



 「こら、まーだ起きてるのか!」



 「あ、やば」

 「せんせー」


 「さっき寝なさいって言ったでしょ」


 「でも、いっかいおきると、ねぇ?」
 「うん、“ニドネ”できない」


 「二度寝って、どっからそんな言葉」


「ゼトがいってた。ニドネはねておきてねる事だって」
「ゼトってものしり?」
「たぶん」


「今は寝ないといけない時間よ、明日遊べなくなっても知らないわよ」


「えー、あそぶ!」
「それはいやだなぁ」


「でしょ?だったら寝る寝る」


「でもー」
「ねれないんだってー」


「んー、じゃあどうしたら寝れるようになるの?」


「せんせー、おうた」
「いいかんがえだね、マイ」
「そうでしょ、イク」


「うたー?またかー?」


「「またー」」



「はいはい、分かったわよ。それじゃ、まず本をわたして」


「あー」
「やっぱりわかってたよ」


「大人はわかるものなのよ。ほら、イク」


「はい」


「はい。じゃあ、いつものでいいの?」


「ほかのうたえるの、せんせー?」
「ぼくはいつものがすきだけど」


「はいはい、わかったわかった」


「ぼくせんせーのうたすきだよー」
「わたしもすきー」


「ありがと」


「こういうのなんて言うんだっけ?」
「えーと」
「おさじ?」
「おせじじゃなかった?」
「ああ、それだ」


「あんたたちは・・・どっからそんな言葉を」


「ゼトがおしえてくれたー」
「くれたー」


「あのばか・・・」





歌が聞こえた。
ゆったりとして、ゆっくりとして、まるで春風のような響きで歌が聞こえた。
それはありふれた歌詞で、誰にでも作れそうな歌だった。
それはありふれた曲調で、誰にでも作れそうな歌だった。
暗い夜空に歌が小さく響く。
まるで捧げるように。
誰かに捧げるように。


「寝ちゃったか・・・」


歌い手で、白衣を着た女、ハル・キサラギはつぶやいた。
自身の両手を握る小さな手をはずし、それを布団の中に入れてやる。
まだ少しはここに居よう。
寝つきが悪ければ起きることもある。
薄暗い室内の中、二つあるベッドから少し離れたところにあるソファーに腰掛ける。
ああ、何で私はこんな時間に起きてるんだろう。
三十分前には今にも心臓が爆発しそうな勢いで。
なんでこんなにも短時間で人生に味わえるスリルを体験しなければいけないんだろうか。
ほっと息をつく暇はようやくできたところだし。


「はあ・・・」


溜息をつく。
そうすると、手に何かが触れた。
さっきの絵本。
イクとマイが読んでいた、とても絵本とは呼べそうも無い絵本。 何で劇画調なのだろう。
何でこんな変な題材なんだろう。
ぺらぺらと本をめくり、最後のページを開く。
そこには落ちが書かれていた。


「声は悩んだ末にこう言いました。“やはりお前の国はいらない。今あるほうが大事に思えるから”大声はその答えを聞いて“それがいい”と答えました」


正直、子供向けじゃあないだろう。
この声は大声の国を取ろうとして、その実情を知らないまま大声の国を取ろうとするのだが、大声の国は荒れて国とは呼べないものになってしまっているため、大声はそれを声に諭す。
諭された声はじゃあ、今のままがいいといって国取りをあきらめるのだが、結局のところ、この話は欲張りはいけない、とでも言いたいのだろうか。
それとも何かに手を出すのには十分な下調べが必要だ、とでも言いたいのか。
まったく持って絵本ではない。
子供にそんな教訓を教える前にもっと楽しい夢でも見せればいいのに。
子供には楽しさが無ければ生きてはいけないのだから。
そうなると、私のような大人向きなのだろう。
なぜ絵本なのかはこの際問わないが。
大きすぎるものは得られない。
得るにはそれなりの覚悟が必要であり、代価も必要になる。
逆に言えば小さいものしか得られない。
それで救える人がどれだけ居るのだろう。



私は聖人じゃない。
ただの医者、それも無免許。
ついさっきまで張り裂けそうな思いで治療をしてた、ただの医者。
ひとつの命でここまでの思いに悩まされる医者。
大きなものを手に入れられるならばほしい。
大きな力が手に入るのならばほしい。


「ほんっと、心臓に悪いわ・・・」


彼女はそのまま眠りについた。














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