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―――三区里街「楽楼(RAKUROU)」
それは俺たちの過ごす街だ。

といってもそんなに大層なものでは無いし、誇れる物なんてものは数えても在るかどうか解ったものじゃあない。
街に古くから住む古株の爺や婆に聞けば見つかるかもしれないけど、俺にはそこまでの探究心はあいにく持ち合わせが無い。
要するにどうなのかって言うと、「ただ住むだけの街」ってことになる。

まあ、ただ住む街にも面倒事だけは必ず在って。
俺は其の面倒事を解決しなけりゃいけない立場に居る。
そんで今、俺は眠い。
眠い目をこすりながら、其の面倒事の真っ最中なのだ。



面倒事はとても面倒な時間に起きた。
現在午前二時五十一分、寝ている所を叩き起こされて俺はビルの非常エレベルタに乗っていた。

事の始まりはそれからさかのぼること約三十分ほど前。
この街じゃトップクラスの企業に賊が入った。
普通なら物盗まれてお終いなのだろうが、この企業は頑張って業務をこなしている奴が居たらしい。
当然賊はそいつらに見つかり、警備員なんて者を呼ばれる。
ここらで終わってくれるのが一番理想的だが、今回の賊は俺の理想的希望を打ち砕いてくれた。
頑張り者の働き蟻に呼ばれた働き警備員は賊と対峙はしたが、それだけだった。

わからないか?
要するに見ただけでみんな終わったって事さ。
働き蟻が呼んだ警官隊もすぐに駆けつけて賊に向かっていきはしたがこれも不発。
企業のビルを大人数で取り巻き、逃走路を消し、賊を外に出さないことには成功したようだけど、
だからって賊は大人しくなる者なのか?
違うだろう?

希望的観測はいつも当てになりゃしない。
賊はビル内で人質をとり、立ち往生の脱出策を警官隊に提案した。

つまり。

『今から三十分以内に車と逃走路を用意しろ、遅れたら五分ごとに人質を殺してやる!!』

追い詰められた人間は同じ事がお好きなようだ、奴らが人族かどうかは定かでないけど。
それで、俺は今此処にいる。
非常用とは思えない、快適な乗り心地のエレベルタは俺と、その横に居る相棒を賊へと導いていた。

「減らないな」
俺はそんな事をつぶやく。
「何が、ですか?」
横に居た相棒があくびをしながら言葉を返す。

「こういう面倒事、減らないな」
「ああ、そうですね」
天に近づく金属の箱は静かに、ゆっくりと俺たちを導いている。
外に面する壁はスケルトンの加工が施してあり、眼科の景色を望むことが出来た。
ゆったりと下がっていく景色はめまぐるしく動く人と、赤や青の電飾で彩られている。
そして其の騒ぎに気づいたように町の建物からは一つ、また一つと淡い光が見られる。

「やってもやっても減らない。いいかげん疲れる」
「それが人です、文句は人を創造したと言う神様に進言したらどうです?」
「マナレストの信者になった覚えは無いな。大体、存在しない虚像にどうやって進言する」

相棒はだるそうな――おそらくそうなっているであろう――俺の顔を笑って一瞥し、手元の銃をいじり始める。
俺もそれに習うように後ろ越しから銃を引き抜いた。
俺の目に黒光りする自動拳銃[DN-7TESTAMENT]が写る。
あの時からずっと付き合っている俺の半身とも言うべき銃を順にチェック。
弾奏、残弾、トリガー、ポインター。
仕込んでいるクロウンナイフもチェックして、最後に安全装置を解除。

人を送る準備を整えた。

「ゼト、回線は9099に設定しておいてください」
俺の名を呼んだ相棒は小型の通信機をいじりながら言う。
「何故だ?普段の回線では問題でも?」
「少し。今日は此方にしてください」
細かな事情はわからないが、まあいい。
そんなに知りたいと言う物でもないから。
「解った」

俺は短く答えをはくと、額の量子知光覚眼鏡(Universal-Glass)を眼前まで引き寄せ、其の横脇を二回叩いて、通信サイトを起動。
数十秒経ってから、眼前には白と緑で縁取られているプログラムヴューが浮かび上がってきた。
目線でサイト項目から『接続先』を選択。
それを読み取ったUGは項目ウィンドウを開く。
そこからまた相棒の名を検索し、固定、編集へとつなげる。
相棒の名―ソウシ・ロイア―ド―がウィンドウに表示、固定された。
すばやく番号を非常項目に登録する作業をする。

「今日だけですよ」
「解ってる、非常項目にしとくだけだ」
俺が通常項目にでも入れると思ったのか、相棒―ソウシが声をかけてきた。
黒の長髪をオールバックにし、眼鏡―右側が黒のマグクロムで作られている―をつけた目つきの鋭い男だ。
片目が黒鏡ではこれからする事に支障が在りそうだが、元々そちら側には生身の目がないので問題ない。
色々と役に立つが、同時に癇に障るような奴でもあった。
何の因果でこいつと共に行動しているのか、一度本気で考える必要があるだろう。
多分この確率は天文学的確率に近いはず。

【非常項目に登録完了】

短いメッセージが表示され、削除。
起動させた時の反対側を二回叩き、スタンバイ状態へとUGを移行させた。
ゆったりと登っていくエレベーターは賊に気づかれないようにとの、警官隊の計らいだったが、こうも遅いとありがた迷惑だ。
暇をもてあますのは得意では無いので、仕方無しによくやる暇つぶしでソウシに声をかける。

「質問。この腐れ仕事を終えたら?」
「腐れ銃士の公開処刑」
「其の後衛をしている人間に言っとけ、処刑には前座で招いてやるとな」
「君のように処刑に行けるほど暇じゃないんですよその人」
「腐れ剣士は殺人卿のみ存在するのか?」
「一番邪魔な人間に音速で去って欲しいだけですよ」
「残念、俺なら光速で去って欲しい」
「問題。超絶に合わない腐れ銃士をこの世から消し去る意外と簡単な方法は?」
「超絶に合わない腐れ剣士が自室で夢のリストカット」
「銃士の首を試してみたいですね」
「自分の腕にしろよ。大体超絶に合わないんじゃなかったのか?」
「今変更がありました。首以外超絶に合わない銃士に悲願の頭部切断マジックショウ」
「ははは、じゃあ出演のお礼に頭でタバコを吸うこつ教えてやる」

駄目だ、暇つぶしが殺し合いに発展しかけている。
どうもこいつと話をすると互いをどう殺すかという話題が持ち上がるのだ。

一分前の会話が聞けるなんて事は、天文学が味方したのだろう。
聞けた人は今年いっぱい死ぬことは無いでしょう、おめでとう。
大体眠気が晴れてきて普段のモードに入っているからこうなるのは解ってたんだが。
いや、別に『俺はそんなつもり無いのに』なんてことは微塵にも思ってないし、むしろ喜んで光速で殺らせていただくが。

「君はどうやってもショウに出たいようですね」
「いや謹んで辞退の後、速達で其のマジシャンに鉛球を送ってやるが」

嗚呼、とても実行に移すのが楽しみではあるが機会が廻ってこないのが残念だ。
俺たちは互いにしばらくにらみ合っていたが、先にマジシャンのほうが折れた。
視線をはずし、ため息をつく。
「まったく、いいかげん疲れますよ。」

やった。俺の大勝利。
このことは家に帰って情報端末にでも記憶させておこうか、と一瞬思う。
いや、やめとこう。俺はそこらで遊ぶ餓鬼ではないのだ。
弱者を弄ぶのは趣味の範囲だが、此処まですると自分が嫌な生物にでもなった気がする。

「後約三分、やる事やって下さい」
命令するような口調でソウシは俺にはく。癇に障った。
前言撤回。やっぱ記憶させとこう。
ともかく奴のいう通り時間が迫っているのは確かだった。
俺は額のUGを眼前まで下ろし、先刻と同じように通信サイトを開く。
スタンバイ状態だったので、今度は数秒でヴューが立ち上がった。
【リンク接続確立まで5秒】
目線は要求される項目をすばやく選び、それをUGが読み取る。
メッセージが立ち上がるまで一秒もかからなかった。
【リンク接続確立まで3…2…1…確立。リンクラインを確立。
VVAへの画像転送開始。2…1…完了。ヴューライン確立。
ヴォイス送信開始。…1完了。ヴォイスライン確立。
マイク接続問題無し。通信サイト準備項目ALLクリア。】

UGの【通信開始】のメッセージが浮かび上がると同時に眼前に女の顔が浮かび挙がった。
妙齢な黒髪に、弱き闇を持った紫の瞳。
そして浮かばせるは女神の笑顔、ナーガ・ル・ジュナの顔が移り終わる。
「なんです?」
柔らかな発音の言葉が耳の鼓膜を撫でる。
「MAP、データ上がってないぞ」
ぶっきらぼうに俺は言った。
「ああ、そうでしたね。丁度、お話が済んだんですよ。」
柔らかな笑顔は崩れず話を続ける。
「残念ながら一部のデータ公開を拒否されたので、一箇所だけ進入不可能な所が出てしまいました」
画面にビル内部の情報と、其のMAPが表示される。
「E7か」
「ええ、如何してもとのクライアントの要求ですから、無視するわけには行きません」
クライアントとは勿論、今賊が入っているこのビルの所持者で、今回は【エイポート】という所がソレになっていた。
エイポートといえばこの街以外の奴でも知っている大企業で、幅広い分野の事業を行っている。
ようは金持ちが依頼者で、解決後のことで色々とあるらしい。
ナーガはそういう時に限っては現場へと足を運び、彼らと”交渉”を行うのだった。

「賊が此処には?」
「入れませんね。ロックが7重にされているらしいですし、入った所でそれ用のシステムが働きます」
「では、もしもの場合、は?」
回線を渡され、話を聞いていたソウシが問う。
「其処は問題ありません。思う存分進入して宜しいですよ」
俺は微かに笑う。

ナーガが来るにはクライアントとの”交渉”以外にもう一つ理由がある。
それが”特例記述”だ。
どんなに相手側が情報公開を拒んだりしても、人命等が懸かっている場合は”特例記述”というものが
クライアントと俺達の間にのみ働く。
簡単に言えば情報を強制的に公開させる仕組みだ。
ナーガは昔に警察に居た事が有るらしく、そういう事に関してはスペシャリストと言っても良い。
どういうやり方かは知りはしないが、ナーガはそれを巧く相手に伏せ、また教えて此方に有利なように動かせた。
どうやら今回もこれには成功したようで、其の了解が先ほどの返事というわけだ。

「了解」
「了解しました」
俺たちは互いに返事を返した。
「後、後衛補助なんですけど」
「ああ」
「外部Cにオームが。F、D、Hにはそれぞれジル、バーク、ニトガルドが待機中です」
「ニトガルドに補助狙撃を頼んだのか?」
「ええ、何か?」

ニトガルドとは俺達とは違い個人での行動をする、いわば一人企業をやっている奴だ。
傭兵に似てはいるが依頼を受ければ戦闘から猫探しまでやるという何でも屋だったりもする。
(逆に言えば俺達は何人かのグループで仕事をこなす集団企業だったりする。)
そういう奴らには必ずといって良いほど変で、嫌な性格の奴が出てくる。
彼らの世界でも、たびたびお荷物になる。
正直邪魔な存在。俺にとってそれに当たるのがニトガルドだった。

「なんだ、頼まれちゃぁイケナカッタのかいな?」

【通信に介入あり】とのメッセージと共に高い、女のような声が入ってきた。
いや、実際女なんだけど。
俺には一秒の悪寒が走り、ソウシにいたっては通信イヤホンを取り始る。
逃げやがって、この薄情者。

「何で居る」
「居ちゃいけないのかニャー?」
気持ち悪い猫なで声。ああ、神様何故こいつを創造したのですか?
「まあいい、しくじって逃げるのだけはするな。したら末代までお前の家系を殺しに行く」
「ナントまあ、可愛いことをいうでわないか」


ほんと、ムカツク。
ココまで嫌う元々の原因は、こいつの人格と、仕事で起こした一つの事が原因だ。
前者はたちの悪い多重人格。
後者は仕事の途中にトンズラしやがったことだ。
まあ、其の事件は俺たちも逃げる羽目になったのだが、其の原因を作ったのがこいつであったりする。
なのに、会えば反省の色一つ見せないのだ。
はっきり言って友達にしたくない人間だろう。
ソウシはこれ以外にも何か嫌な点在るらしいが断固として教えようとはしない。
弱点ならば知りたくてたまらないのだが。

「とりあえず、これだけですから」
ナーガが耐えかねたように声を発してくれた。
女神の声って素晴らしい。
ってか、今度の口合戦でソウシにニトガルド攻撃をしてみよう。
きっと素晴らしい光景が俺を待っているだろうから。

「解った、突入まで後五十秒ほど以後オープンラインに切り替える」
本音はしたくない。
「わかりました、何か変われば此方から入れます」
ナーガの通信が切れる。
「ムッフフン、しくじんなよ」
「貴様も逃げんな」
変な笑い声を残してニトガルドも通信を切った。

全起動中の通話回線が切れ、ようやくソウシがイヤホンを戻し始めた。
俺よりもニトガルドからの傷が大きい(であろう)ソウシは奴が出てくるとすぐこうだ。
まあ見てるほうは楽しく、爽快でもあったりする。
「話さなくて良かったのか」
嫌味を言う。
「世界が破滅してもそんな事しませんよ」
しっかりマイクを切って言いやがった。クソ。

「後二十秒」
エレベルタが導きを終える時が近づく。
「了解」
ソウシが手に持つ突撃銃の撃鉄を引く。
「しくじるなよ、腐れ剣士」
俺はこんな時でも嫌味を忘れない。
「くたばることを切に願いますよ、腐れ銃士」


加工された窓からは、眼下に広がる数多の人、そしてそれが作り上げた多色の星星。
俺はそれをあざ笑う様に一瞥して愛銃を構える。
面倒は次々とやって来る。これも其の中の一つだ。
さっさと終わらして、帰って寝る。

そんな”事”をこの時は考えていた。













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