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レティクルに捕らえた状況で事態は容易に予想できた。
やはり彼には策謀の素質がある。
常日頃いっているのにそれを彼は認識しようとしないのだから、まったく。
だが、まあいい。
それよりも今すべきことをする。
私の肌に寄り添うように存在するこの鉄の物体は、すでにその冷たさを無くしている。
暖まっている。

さあ、はずさない。

均衡状態を続ける雷光師とソウシ。
完全防護の雷光師から外れ、俺と撃ち合っている音幻師。
完成された防護と攻撃を防ぐには、奴等を引き離すという事しかなかった。
そしてそれは成功した。
世の中には完全など存在しない。
俺がその証明をしてやれる。

「もっと離せ、私の刃に斬られたいか!!」

雷光師と競り合うソウシがその狂気と戦いながら声を上げる。

「うるせえよ!そんな事ほざいてる間に自分の未来設定でも心配してろ!!!」

完成された状態は崩した。
後はこれを何処まで待たせる事が出来るか、だ。

「ははは!!すごい、すごいヨ君達!!」

なんだこいつは、自身の完璧な状態を崩されたと言うのに喜んでやがる。
音幻師は笑声をあげながら、その音波を刃に変えて俺を襲い始めた。
旨く乗ってくれた。
カウントダウンはすでに開始されている。



ソウシ=ロイアードは状況を冷静に判断しながらも、この状況を楽しんでいた。
彼は幼きころから常に戦いと共にあった。
彼の人生は戦いであり、それは昔も、今も、そしてこれからも変わる事はないのだろう。
爆音が響き、右方向で銃撃と破砕音が響き渡っている。
音幻師とゼトであろうと、彼は思った。
競り合う筋力をそのままに、視線を一瞬横に流した。
視界に入ったのは銃弾と音撃で舞う二つの人影。
これだけ認識できれば良い。

「なかなかもたせるな」

思考で遊んでいる間に、雷光師が余力で彼の銃剣を押し返してきた。
相手の腕や、手には何重にも張り巡らせた電子の防護幕がある。
どうやらこいつは接近戦に特化した訓練でも受けているらしい。
でなければわざわざ彼の放った光刃をその手で受けようとは思いもしないだろう。
本来、雷光師の持つ雷光式は、後衛の式である。
常に姿を隠し、相手を視認すれば電磁を光の速さで相手に撃ち、その高圧、高熱で相手を焼き尽くすのが普通の雷光師の戦い方だ。
だが彼の目の前に立つこの男は、雷光師のなかでも接近戦について磨き上げられた者だ。
それはあの絶対防御と、今酷使している雷幕で理解可能。
彼の過酷な人生でもこのような者と遣り合ったのは数少ない経験だ。
思考を巡らしていると、拮抗した状態に雷光師はその体からは想像も出来ない力を発揮し、彼の銃剣を片手で強引につかみ、残った死神の手を向けようとする。

「良い考えだ。だが安直すぎる」

言葉と同時に彼の周りに薄い印定式が出現。
同時に彼の握っていた”蓁鬼楼しんきろう”の刀身がぐらりと動き、膨張。
彼を覆うような形になり、襲ってきた死神の手を止め、もう一度ぐらりと動く。
今度は覆っていた盾がまるで命を持つかのように一瞬脈動。
瞬間、止めていた腕を弾き飛ばした。
彼が見せたのはWichの数ある印定式でも物質の素粒子レベルに干渉する式をもつ、整錬師―セイレンシ―の式だった。
雷光師は更に死の雷光を纏った腕を彼に向けるが、リーチが長い”蓁鬼楼しんきろう”の輝く刃に弾かれる。

「所詮は後衛の式と言う事か?貴様はこの程度の小物か?」


狂っているとしかおもえない雷光師に、彼は淡々と侮辱の言葉を浴びせる。
その言葉に反応したように雷光師が鬼神の速さで突進。
呼応するように彼も神速の斬撃を放つ。
刃と雷幕がぶつかる度に火花があたりを照らす。

雷光師が接近し、両の腕で彼の胸と腕を強襲。
それに対し、変化させた”蓁鬼楼しんきろう”を盾のように扱い、後方跳躍。
が、その跳躍と同じように雷光師も歩を進め、距離を保つ。
同時に雷光の拳。
彼はとっさに銃剣を防護に持ち直し、拳を阻む。
ただの人間ならこの動きに反応も出来ず、恐怖し、死を迎えるだろう。
だが、彼は恐怖など微塵も感じていなかった。
むしろ予測していたように優雅に笑い、拳を防ぐ。

雷光師は長く続く打ち合いでは困難と判断したのか、返され、追撃の刃をむける”蓁鬼楼しんきろう”の刀身を電流でつかみ、刀身の結合を強化。
式の力を半減させ、そのまま密着状態の関節か、投げへと攻撃を移行。
同時に彼の表情が曇る。
瞬間、”蓁鬼楼しんきろう”の刀身は捕んだ手を軽々と弾き、逆の左腕にねらいを定め一気に弾いた。
雷光師は突如として繰り出された密着剣技に弾かれた腕を操作できず、慣性のまま動く左腕は関節の稼動限界を超えて鈍い音を上げた。
雷光師が関節破砕の痛みをこらえ反撃の右拳を繰り出すと、彼は軽々とそれを躱し、関節破砕の刃を反して雷光師の膝を破砕。
雷光師がその場に崩れ落ちる。

顔を上げた雷光師に彼の冷たい視線が向けられていた。

「こんな物か、貴様は。失望させてくれる」

座り込み、動けない雷光師に背をむけ彼は進む。

「もう私の興味は失せた、殺れ」

彼の言葉に反応して、引き金が引かれた。




音幻師の追撃はとどまる所を知らない。

べらべらと喋りつづける声はコミュニケーションと言う本来の使い方を完全に無くし、殺人の刃となって俺を襲ってくる。
その悪魔の言葉達を躱しつつ、応射。
ついでにソウシ達から離れる様に逃げていく事も忘れない。

「ここまで俺達を追いこんだのは君達が最初だ。だがそれは最後ともなる!!」
「そうだな、手前が死ぬって結末で!!」

俺が音幻師の力があれば少しは楽なのにと、思ってしまう所を見れば俺の危機的状況は少しも変わってはいない様だった。
光の光速には劣るが、それでも音速と言う名を与えられた速さは秒速760m。
銃弾と同じ位の速度なので俺でも避けきれているが、その弾の大きさは銃弾とは比べ物にならないほどデカイのだ。
少しでも気を抜けば、俺もあそこに転がっている黒コゲ死体に仲間入りという糞楽しくない未来が待っている。

「さあさあ、もっと早く逃げないと死ぬよ!!!楽しい死体ライフをこの後は送る事になるよ!!!」
「そんな事言われなくとも判るし、そもそも死体にライフなんかねえ!!!」

唯一の救いといえば音が一つ一つ切れて、銃弾となっている所だ。
もし、音がつながっていて全方向なんかに出されれば、逃げる間も無い。
何しろその場所が無い、全方向だから。

「さあさあさあさあさあさあさあさあさあ!!!!」

爆音に近い声音を出して、よく喉が壊れないな。

しかし、これを続けられれば案外ヤバイかもしれない。
何しろ俺の銃弾は遣り合った時から一度も相手を捕らえていないのだ。
そんでもって、とどまらない爆声。
何かちょっと疲れてきたし。
あ、ヤバイ。
手を振ってる死神が見えてる。
いやいやいや、俺はまだ生きてますから!!!
ばかげた思考が頭を飛び交うほどに俺はヤバくなってる!
く、糞ぉおお、速くしてくれ!!!!




声を聞いた。
声は、耳から聞こえてその意味を脳が瞬時に判別、更に信号を運動神経に出して私に命令する。
「殺れ」、と。
従わないはずはない。
レティクルから覗く者にねらいを定め、引き金を絞る。
軽い音で引かれた引き金はそれに連動した金具質を動かし、薬室に収められていた弾丸にハンマーをぶち当てる。
爆音。
薬室から飛び出した弾丸は鉄のレールを走り、銃口を抜ける。
同時に圧縮されたガスが吹き抜け、周りを少し白く染める。
瞬間が、永遠となった。



音幻師が急に爆音を止めた。
それはソウシの前で雷光師が崩れ落ちた後で、ソウシが雷光師に背をむけ、歩き出したとほぼ同時だった。

「避けろアルク!!!!」

放たれた音幻師の声には、音弾の殺意と圧力は無かった。

ソウシが背を向けて歩くと、右の硝子窓が一点破砕した。
それと同時に音幻師の声も聞いた。
それには殺意も無く、圧力も無かった。
そして、彼は知っていた結末の音を聞いた。

永遠のような瞬間が事切れたのは雷光師が頭部から血を流し、その場に倒れた時だった。

それは俺達には勝利であり、音幻師にとっては仲間の敗北と完全防壁の消失、雷光師にとっては死であった。
同時に後方の非常階段口から援護の後衛二人が到着。
どうやら俺の策は旨くいった。
完全防御が完成しているこいつらはまず引き離す必要がある。
どちらとも遠距離銃身だが砲台はその懐が弱点なのだ。
高速の弾丸を出されれば終わりなのでそれを保護している音幻師をひきはなす。
その相手を俺が捕り、砲台の雷光師の相手はソウシが。
離しても、戻られてはいけない為、厄介な完全防御をもつ雷光師を接近戦にもちこんで殺る。
だが接近戦を挑むには危険な雷光師を静めるには、不意討ちでの超遠距離狙撃しかないと思った。
が、よかった。
後衛の二人が俺を追い越し、音幻師に銃をむけ、隙き無く囲む。

「両手を挙げ、跪け!!」

と、親父が叫んでいる。
それに続き、ニトガルドが銃を隙き無く音幻師に向ける。
この二人も一流の狙撃手ではあるが実力と力量、後性格を考えても一番安定して、かつ超一流の技能を持つジルに頼んだのは正解だった。
俺は眼前のUGを額まで上げ、少し遅れてその方位網に入る。
何か久々な裸眼で自分のいる場所のありさまを確認。
少し後ろに死んでいる雷光師と、こちらに歩んでくるソウシが見えた。
雷光師が膝を砕かれていた所を見ると、案外ソウシだけでもいけていた、という所がなにかムカツいたが。

「死にぞこなったか、腐れ銃士」
「お前ほどではないさ」

俺の目に呆然とした音幻師の顔があった。

「お前の負けだな」
「……………………………」
「もう少し骨のある奴であれば、私も楽しめたのだがな」
「この子、自殺志望?」
「煽るなニトガルド」



その瞬間奴の顔が歪んだ。
それは狂った狂乱の笑みではなく、完全に正常者の、しかし最悪の奴の哄笑。

「君達には足りない様だったね」
「????なにが?」

ニトガルドが銃を突き付けたまま、普通に返す。

「激しい世の夢が、さ」
「貴様っ!」

何かに気づいたソウシが制止させようと前に出るが、間に合わない。
音幻師は言ったと同時に袖口から黒の塊、ピンの抜かれた手榴弾を苦も無く空中に投擲した。
底冷えのする笑みと共に。




爆発。

轟音。

衝撃。

強烈な閃光と、強烈な高爆音。
音幻師の手榴弾はすさまじい爆風と高爆音を作り出し、それに式が重なる。
高音で聴覚がいかれ、更に衝撃波を作る圧力。
俺達の方位網は吹き飛び、周りの壁にはひびを入れ、硝子を消失。
車にぶつかったような衝撃に襲われ、5mほど吹っ飛び、壁に衝突してその運動が止まる。
音圧と、壁の停止衝撃であばらが二本ほどいったようだった。
その痛みで意識が覚醒。瞬間の事でなにがあったのかが認識できなかったが、糞ったれ。
先ほど考えていた全方向をここで使われるとは思いもしなかった。
瞼を開くと、数m前に黒いようなものが転がっているのが見えた。
駄目だ酷くはないが、ぼやけていて視認はできないか。
非致死性の閃光手榴弾。
爆音を考えると通常のものでは、まず無いだろう。
こいつみたいな糞野郎が逃げの手段を作っていないとでも思ったのか俺は?!
おかげで視覚は回復に時間がかかる、聴覚は使い物にならない。
とにかく捕らえたはずの音幻師を確認すべく、左手に残る銃を構える。
腕を打ったか、力が入りにくい。
糞野郎!悩む時間など無く、周りを見渡すが、姿は無い。
糞。

「しゲキハ気に伊っタカな?」

音幻師の声が全方向にあるように聞こえる。
しかも音程まででたらめ。音量もバラバラだ。
気配と、視覚で探ろうとするが、気配が読めない。
視覚にも入らない。

「野郎」

ニトガルドが視認したのか、手にした短機関銃をフルオートで撃つが、その雨に音弾が襲い掛かり、防御。
当たるはずも無い。
何とか立ち上がった俺は、万一の為にあった骨伝導の通信を作動。
が、旨く働かない。
爆音でやられたか。

「 はハハ波hは」

笑声。
音が変に伝わるが、それが逆に俺の神経を逆なでする。

「糞ったれ!」

この中では一番こういった状態でも戦えるソウシが”蓁鬼楼しんきろう”の大口径を発砲。
続いて親父の短機関銃が発砲音を響かせるが、それもただ空を切るだけに終わる。

「今日ハひかせてもラウよ」

音幻師の余裕の声と笑声。
さっきの状況は確実に奴の敗北だった。なのに!!
薄くぼけていた視覚がようやくクリアになってきた。
さっさと直りやがれこの腐れ聴覚!!

「あと」

糞ったれ、何処だ?!
奴は何処に消えた?!

「背ナカにハきをつケタほウがヨいヨ、ジュウシ君」

何!?



「ウウゥおグがああああ嗚呼ああアアああ嗚呼aa嗚呼アア嗚呼嗚アアアア!!!!!!!!!!!!!!」



「ゼト!」
「やばい!」
「糞馬鹿がっ!」

声が重なって聞こえた。
クリアな音に近づいていたが認識できなかった。
俺の脳はそれを喜ぶ時間と余裕を無くしていた。
その時の俺にあったのは瞬間の胸部への強い衝撃と、高速に移動する自身の体、それが空中に放り出される浮遊感。
静止画の様に一こまづつ流れる風景。
闇。
そして死んだはずの雷光師が俺をつかみ、ガラスのなくなった窓から飛び降りる光景。

その時の俺は最悪な夢を見ている気分だった。

爆音で聞こえないのに、誰かが俺の側で泣いているような気がした。













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