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夢を見るときには決まって悪夢を見るというのが俺の常識であったりする。
一般的に悪夢があると悪い雰囲気に陥っているだとか。
その逆で、とても好調な時期に居るだとか、占い本とかではよく言われているだろう。
ただ、悪夢ってものの夢見は悪いのが当たり前で、夢見後の俺の機嫌が悪いのも当たり前である。
夢の中でも“ああ、これは夢なんだな”と思っていらいらすることもあるのだが。
ここにきて、気づいたのはそれが夢ではなかったのかもしれないという事実で、真実。
はじめに感じたのは意識の覚醒。
次に痛み。
そして光。


「っ!!」


急に意識が覚醒したせいなのか、今まで見ていた夢のせいか、俺は絞められていたはずの首を触った。
無い。
何にも無かった。
早くなっていた呼吸がだんだんと静まっていく。
俺がいる世界は、どうやら死の一歩手前の世界ではないらしい。
クビシメられる夢の世界。
絞められて遠くなる意識を感じ、起きた瞬間にそれに反応する。
ということは、夢は現実だったということか。
嫌な冷や汗が額を流れた。
俺は、改めて俺のいる場所を認識する。
俺が目を開け、写った世界は白く、タイル模様のある天井。
目を横へ動かせば、仕切りのように俺を取り囲むカーテン。
視線を下げれば真っ白な布団。
なんてことは無い。
病院だった。


「起きた?」


囲むような存在していたカーテンが引かれ、引いた人間が俺に声をかける。
白衣に身を包んだ女の姿。
それを見て、一息つけると今感じていた心境を告げる。


「やな夢を見たと思って、それが現実だったということをかみ締めていたところだ」

「それは、災難だったわね」


来ていたシャツの袖で汗をぬぐう。
女はベッドの周りを歩きながらカーテンをすべて引いていく。


「それにしても、あなたはよほど災難がお好きのようね?」


女は引き終わったカーテンに手をかけたまま俺を見て言った。
皮肉たっぷりの台詞だが、俺に返す言葉は無い。
そんな目で見ないでほしい、俺も好きでこんなになったわけじゃないんだから。
そう思いながらも口から出たのはいつもの逃げ口上。


「災難が、今の俺の仕事、だから」


女の真剣な目は少し悲痛の色をうかがわせる。
視線が痛いが、この逃げ口上以外に俺の言えることなんか後一つ以外に他は無いんだ。


「わかってる、けど運ばれてきたときに私が死にそうになったことも覚えておいて」
「・・・だけど、ハル」
「わかってるっていった」


言い訳をしようとして、彼女がもっともそれを嫌うことを思い出す。
しまった、後の祭りか。
ハル、俺がそう呼んだ白衣姿の女はカーテンから手を離すと、逆の腕に持っていた診察器具とカルテを持ち替え、ベッド横の小さないすに腰掛ける。
俺はなんと無しにハルに手を差し出していた。


「俺は・・・ここにいる」


「知ってる」


ハルは俺の手を取り手首を握る。
時計を見ながら少し時間が経つ。


「しかし、死んでいないのが奇跡ね」


同感だ。
夢から覚めたら病院っていう状態もなかなかありつけない奇跡だと思うけど。
現実が夢と混同してきているとなると、困ったことだ。
精神病にかかった覚えはないんだがな。
間を持たせるため簡単な疑問を口にする。


「俺、たぶんビルから落ちたと思うんだけどな・・・どうやって助かったのやら」
「ジルさんが止めたんだって」

脈拍を取り終えたハルがカルテに詳細を書き込みながら答えた。

「・・・・・・・・」
「久々に使ったって、時躁の式」


時躁・・・か。
希少印定式−二十五部第一項目、時躁開眼式。
その名の通り時を操り、また、時と同時に空間を操作する能力。
その発生確率はゼロに等しく、また発生しても使いこなせるものは多くない。


「・・・そうか。なら、俺が生きていもおかしくないか」
「お礼いっといたほうがいいよ、ちょっと辛そうだった」


へたな使用者は発動後に精神が混濁、自身の自我を周りの人間、生物と混同してしまう。
また、使いこなせる者でも、発動時間により使用者の体に負担が起こる。
そういった報告も聞かれる能力だ。
ジルが使ったのもずいぶんと久々なのではないか。

ああ、”また”か。



「そうする」



俺はそう言う事しか出来なかった。
この世界に入って、この仕事を始めて、奴らにあって。
変われているのかと思っていたのに、根本は変わってないんだな。
また、かよ。


 「異常は無いわ」

 「そうか」

 「でも安静にしておいて。一応クレム薬を出しとくわ」

 「そうか」

 「怪我が無いといっても、絶対安静だから」

 「ああ」


生返事しか出なかった。


 「後で、皆来たときにまたくるわ。これ、飲んでおいて」

 「わかった」


置かれた錠剤薬をゆっくりと手に取る。
少し見て、プラケースから押し出して口に入れた。
ハルが部屋を出る。


 「ハル」
 「ん?」


 「・・・ありがとう」


ハルは少し微笑んで、扉を閉めた。
薬を飲み込んだので、横になる。
白い天井との感動の再開だ。
ああ、あいたかったよ。
天井は無表情で再開を喜ぶ。
馬鹿か、俺は。
そもそも無機質に表情なんかあるはずない。
ちっとも変わってない。
ちっとも成長していない。
会いたいのも変わっていない。
分かっているのに何も変わらない。
成長したのはくだらない戯言、だけか。
考えているうちに眠気がやってきた。
まぶたがゆっくりと閉じるその前に、俺は思った。





“また”、助けられたのだ、と。
そして視界は闇に落ちていった。













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